――桜月夜と裏緋寒の乙女の恋は、禁じられている。
* * * 情が移ったらいけないと、機械的に調教をしていたはずなのに、いつしか清雅は水兎に夢中になっていた。恥じらう彼女が絶頂時に見せる艶やかな姿にハッとさせられた。胸や秘処から湧き出る桜蜜の甘く蠱惑的な味と香りに酔い痴れて、いつまでも貪りたくなった。竜神に捧げなくてはいけないからと最後まですることはせず、ひたすら追い詰めて欲情させた日々。いつしか清雅に応じるように水兎も淫らな姿を魅せるようになる。花開いていく彼女を誰にも渡したくないと思うのは罪だと理解しながら、清雅は水兎を絶頂に追いやりながら桜蜜を堪能し続ける。そして今日も。「ぁあん、だめ、ですっ、せい、がさ……」
「邪神にふれられた場所を消毒しているだけだ。どこを縛られた」 「ぬるぬるしていたから……わからないです」邪神から水兎を奪還した清雅は一糸まとわぬ姿の彼女を寝台に横たえ、執拗に舐めはじめる。蔦に巻かれた乳首は鬱血しており、ふだんよりも重たい色をしていた。ぬるぬるする蔦によって身体を敏感にされた水兎は清雅に舐められると同時に桜蜜を溢れさせる。ぴちゃぴちゃと仔犬が乳を舐めとるように、清雅が水兎の乳首を唇で咥えながら舌先で蜜を啜っていく。
「はぅん」
「邪神に桜蜜を奪われなくて良かった。これを味わえるのは俺だけだ」 「ああっ」 「気持ちいいのだな。したの方もしっとり濡れている」邪神によって縛られ吊るされ晒された水兎は清雅の手と口ですっかり蕩けきっていた。このまま最後までされるのだと身体が期待している。けれど、水兎と桜月夜の清雅が身体を重ね
水兎は恋を知らない。恋を知らない彼女は貴重な桜蜜を生み出す獲物として神々に望まれ裏緋寒の乙女になった。 裏緋寒の乙女は桜蜜を迸らせる愛玩花嫁となることで神と番う運命を決められており、神殿に仕える桜月夜の守人の手で淫らな調教を受けおんなになる。 ゆえに身体だけを桜月夜に任せる裏緋寒の乙女は官能に溺れていくことでこれが恋なのではないかと勘違いすることがある。 現に彼女も清雅の手で開発されていくにつれて、彼を心の底から受け入れていた。「蒼き谷の狼神さまは雪深き場所でしずかに土地を守護されていると聞きます。その末裔である清雅さんが土地神となる資格を有しながら桜月夜の守人として竜糸の地にいるのは至高神のせいでしょう? 守人が裏緋寒の乙女と恋することを一方的に禁じている理由もわからないのによく素直に従えますよね?」 「な」 「土地神よりも権威のある国造りの姐神が気まぐれに命じているようにも思えます。だってわたしはもう、清雅さんのことしか考えられない。竜糸の竜神様にこの身を捧げなくてはいけないと心の奥では理解していても、もう……」 縋るような水兎の瞳を前に清雅は何も言えなくなる。彼女が裏緋寒の乙女に選ばれなければきっと出逢うことはなかったであろうちいさな兎。狼神の血がか弱い獲物を求めているからなのか、いままでの裏緋寒の乙女とは異なる果敢なげな姿に目が離せなかった。それでいて凛とした、覚悟を決めた賢しい姿に惹かれていた。 彼女はずっと格闘していたのだろう。桜月夜の守人とのあいだで恋愛感情を抱くことは禁忌だと知って。眠れる竜神にその身を捧げるためだけに淫らな調教を恋しいひとに施されて。「冥界の悪しき小さき神々に嬲られる恐怖を目の当たりにして、痛感しました。早く抱いてください」 「だ、だが」 切羽詰まった表情の水兎を見ると、どこかやけっぱちになっているようにも見える。彼女の望み通り自分が純潔を奪うと、冥界の神々は引き下がるだろうが気難しい竜神が彼女を花嫁として受け入れるとは到底思えない。一夫多妻を悦ぶ物好きな神や寛容な神がいないわけではないが旧くから土地に棲まう神々は基本的に”つがい
神々に愛された娘――裏緋寒の乙女。 彼女は土地神に捧げられるため桜月夜の守人によって桜蜜を分泌させられ、少女でありながら淫らな花を咲かすよう調教される。 至高神は調教を施す桜月夜の守人に「盟約」という名の約束事を一方的に与えた。 禁忌と言いながら、破られることをどこか楽しそうにしている女神はまだ知らない。恋の愚かさと愛しさを。 ――桜月夜と裏緋寒の乙女の恋は、禁じられている。 * * * 情が移ったらいけないと、機械的に調教をしていたはずなのに、いつしか清雅は水兎に夢中になっていた。恥じらう彼女が絶頂時に見せる艶やかな姿にハッとさせられた。胸や秘処から湧き出る桜蜜の甘く蠱惑的な味と香りに酔い痴れて、いつまでも貪りたくなった。竜神に捧げなくてはいけないからと最後まですることはせず、ひたすら追い詰めて欲情させた日々。いつしか清雅に応じるように水兎も淫らな姿を魅せるようになる。花開いていく彼女を誰にも渡したくないと思うのは罪だと理解しながら、清雅は水兎を絶頂に追いやりながら桜蜜を堪能し続ける。そして今日も。「ぁあん、だめ、ですっ、せい、がさ……」 「邪神にふれられた場所を消毒しているだけだ。どこを縛られた」 「ぬるぬるしていたから……わからないです」 邪神から水兎を奪還した清雅は一糸まとわぬ姿の彼女を寝台に横たえ、執拗に舐めはじめる。蔦に巻かれた乳首は鬱血しており、ふだんよりも重たい色をしていた。ぬるぬるする蔦によって身体を敏感にされた水兎は清雅に舐められると同時に桜蜜を溢れさせる。ぴちゃぴちゃと仔犬が乳を舐めとるように、清雅が水兎の乳首を唇で咥えながら舌先で蜜を啜っていく。「はぅん」 「邪神に桜蜜を奪われなくて良かった。これを味わえるのは俺だけだ」 「ああっ」 「気持ちいいのだな。したの方もしっとり濡れている」 邪神によって縛られ吊るされ晒された水兎は清雅の手と口ですっかり蕩けきっていた。このまま最後までされるのだと身体が期待している。けれど、水兎と桜月夜の清雅が身体を重ね
神殿の控室で水兎は眠っていた。はずだった。 それなのにいま、彼女の身体は宙に浮いている。いや、神殿内でいちばんおおきな巨木のてっぺんから吊るされているのだ。 着ていた巫女装束はぬるぬるとした蔦によって乱され、上半身を隠す布はほとんど剥がされていた。「ヤダ、なに、これ……」 身動きのとれない状態で、うねうねと蠢く蔦に身体をまさぐられ、水兎は悲鳴をあげる。「ミト!」 「せ、い……が。た、すけて」 「いま行く!」 高いところからの声など聞こえないだろうに、当然のように清雅は頷いて、囚われた水兎のもとへ飛翔する。 神術を扱う神官たちは常人と異なり、空だって容易く飛べるのだ。 だが、意志を持つ蔦に阻まれ、水兎の傍には近づけないようだ。「そんな」 「冥界の邪神が乙女を求めている。おとなしくしろ」 びりっ、びりっと巫女装束を剥ぎとられ、ついには一糸まとわぬ姿にされた水兎は自分の前に現れた男を見て絶望する。「どうして表緋寒が」 「桜月夜が悪い。代理の神に印をつけさせるなど言い出すから」 その言葉に水兎は目をまるくする。表緋寒は竜神の代理神だ。きっと自分が裏緋寒の乙女を抱かされるのだと勘違いして――その隙を闇鬼に喰われたのだ。「代理の神、ってそういうことじゃ……」 「残念だが裏緋寒が奪われようが竜頭は動かぬ。これからお前は邪神の供物になるのだからな」 表緋寒の姿を奪った邪神の宣告と同時に、神殿を囲っていた雨がぱたりとやむ。 すでに冥穴から悪しきモノたちが集っている。このまま目の前で水兎を嬲り、犯し、冥界へと連れ去るのだろう。「ひ、っ」 「なぁに、桜月夜からたっぷり性戯を教わったのだろう? 邪神の精を胎に受けた桜蜜はどんな味になるかのう?」 「やめろ」 身動きのとれない水兎に覆いかぶさろうとする邪神の前に鋭い刃が差し出される。 蔦で覆われていた障壁を剣で切り裂いた清雅はそのまま水兎の身体を抱き留める。
「裏緋寒の乙女を竜神に捧げる前に、代理の神に印をつけさせると」 「そうです。冥界の神々が動き出す前に、乙女は生娘ではないと知らしめる必要があります」 「代理となる神の精を胎に放ち、桜蜜の神力を制限するのか」 「彼女を護るためなら、致し方ありません」 桜月夜の守人である清雅が表緋寒の代理神にきっぱりと言い切る姿を、夜澄は面白そうに見つめている。 いままで至高神に言われるがまま裏緋寒の調教をしてきた狼神の末裔が初めて希ったのだ。かつての夜澄のように。 かの国を守護する至高神の姿は確認できないが、彼女もまた遠くからこの光景を覗き込んでいるはずだ。「――至高神との盟約を忘れてはおらぬな……ならばよい。よけいな感情など持たぬことだ」 現在の表緋寒は竜頭の代理神としての依代として生かされている男で、機械的な反応しかしない。 表情豊かな水兎が裏緋寒の乙女だから、その対となる表緋寒は寡黙な存在になると至高神が選んだのだろうと神官たちは噂していた。 だが、竜神とのやりとりを受け取るだけのちからはあり、自我と呼べるものがなくとも竜糸の集落では重宝されている。「それより、冥穴から雑魚が湧きだしておる。裏緋寒をひとりにして平気か」 「ここは結界で守られています。問題ないです」 「そうかな」 ふん、と鼻を鳴らして表緋寒は嘲笑う。ぞわぞわとした空気に、夜澄が慌てて術式を放つが、すでに表緋寒の姿はかき消えていた。「闇鬼だ」 「嘘だろ、結界が張ってあるのに!」 「あれは表緋寒じゃない。あれ自身が冥界の邪神だ」 あの表緋寒がそう簡単に喰われるとは思わなかった。それだけ奴らは桜蜜を欲しているのだろう。 やられた、と呟く照吏に呆然とする清雅。それを見て夜澄が発破をかける。「清雅! 早く裏緋寒の元へ!」 「あ、ああ」 結界を破られているとなると、どこから悪しきモノが入り込んでいてもおかしくはない。神殿のなかとはいえ安全な場所は存在しない。 竜神が傷ついたときのことを思い出し、清雅は
「僕がほんとうに男神なら、とっくに彼女を自分のモノにしていたのだから」 「それって、どういうこと?」 水兎の鈴の鳴るような声に、照吏と清雅がぎょっとした顔をする。 自分の身柄が冥界に棲まう悪しき神々に狙われているというところからぼんやりと覚醒していた水兎は、照吏の言葉で完全に意識を持ち上げた。 心を通じ合わせない限り覚醒しないだろうという竜神。裏緋寒の乙女の心など必要ないと水兎から溢れる桜蜜を狙う冥界の神々。自分の身体を淫らに調教するだけして竜神に捧げようとする桜月夜の守人……けれど年長者である夜澄は役目を放棄し、照吏と清雅に押しつけた。そして照吏は自らの手を使わず清雅に水兎の調教を任せている。どこか一線を引いた照吏の態度に違和感を抱いていた水兎はその言葉ですべてを悟ってしまう。「照吏は、男じゃない?」 「至高神に選ばれる桜月夜の守人が男性神官であるとは誰も言っていないよ」 それが答えだとでも言いたそうに照吏はぶっきらぼうに言い返す。「夜澄は番を決めた元蛇神だ。それゆえ裏緋寒の乙女の調教に手を出すことは基本的にない。僕は男としての機能を持たない中世的な存在ゆえ、至高神から乙女の心と体を見守るよう命じられている。そうなると狼神の末裔である清雅が君を物理的に育てる役割につくのは必然なんだ」 「……そう、だったのですか」 「ああ。このまま竜神に捧げられるよう乙女の魅力を最大限に引き上げ、桜蜜をいつでも分泌できるように調教することで湖に眠る竜神をその気にさせるのが桜月夜の、俺の仕事だが、冥界の神々に気づかれたことで事情が変わった」 「わたしを生贄にして湖へ沈めるの?」 水兎の言葉に清雅がぎょとする。慌てて照吏が声をかける。「どうしてそうなるかな。そんなことはさせないさ」 「でも、生贄として乙女を捧げれば竜神のちからは表緋寒の代理神の元へ届くのでしょう?」 「それは……最終手段だ」 「?」 清雅のどこか言いよどむ姿に水兎は首を傾げる。もともと生贄として家族のために神殿に出向いた水兎からすればいままで生か
「抵抗できないのをいいことにやりたい放題だね」 「照吏」 水兎を淫らな姿で吊るして桜蜜を分泌させるため失神するまで執拗に攻め立てた清雅はするりと侵入してきた照吏を見て、獣のようにぎらついていた瞳を和らげる。「いくら君が求めたところで彼女は裏緋寒の乙女だ。夜澄も言ってたじゃないか、情が移るような調教はするなって」 「これでもひどくしている」 「過去の乙女たちと比べたらぜんぜんぬるい」 「……まあ、三人の男にやられるよりマシか」 吊るしていた縄を切り、清雅は水兎の身体を抱き留める。桜蜜の香りに包まれた乙女は清雅の腕のなかでふるりと身を震わせたが、そのまますぅっと眠りについてしまった。どこまでも警戒心のない娘である。「愛玩花嫁なんて呼ばれてはいるものの、けっきょくは桜蜜でどろどろのぐちゃぐちゃにした乙女を神が貪り喰らい、強引に子を孕ませるんだ。それを思えば生ぬるいよ」 「……何が言いたい」 むすっとした表情の清雅を面白そうに見つめて照吏はぽつりと呟く。「桜蜜を欲しているのは竜神だけじゃない。冥穴の向こう側が騒がしい」 「何」 「裏緋寒の乙女が選ばれたと向こうに気づかれたと考えていい。数年は問題ないと思ったが、いまの状況だとどうなるかわからん」 「竜糸では鬼の襲来があったばかりだぞ? それなのにまた奴らが押し寄せて来るだと?」 「狙いは桜蜜の分泌をはじめた裏緋寒の乙女だ。竜神に捧げる前に処女を奪われたらたまったもんじゃない」 「……照吏」 冥穴の向こうにも神を名乗る者はいる。人間嫌いの死神をはじめ、常識の通じない鬼神に邪神など。彼らが桜蜜を狙って水兎を花嫁にしようと画策してもおかしくはないと、照吏はうそぶく。「それを考えると、湖に眠る竜神さまを手っ取り早く起こした方がこの土地にとってはいいんじゃないかな」 「だが、竜頭は」 「そうだな。いまの裏緋寒の乙女を捧げたところで、完全覚醒はしない」 きっぱりと口にする照吏は、清雅の腕のなかで眠る水兎を愛おしそうに見つめる。